化学の視点
wikipediaによると
「実際には見えていない点」が存在するものの、それはほとんど意識されることがない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/盲点
となっている。意識されないのだ。
日常用語としては、本来の意味から転じて「気づいて当然だったのに見落としていたものごと」を意味する使い方をしているらしい。
この「盲点」だが、意識することにより自分のためになるなら、なんとかして意識したい!
なぜなら、存在を知り意識することにより、助かった〜!という大きな出来事があったから。
これも偶然ではなく、もがいた結果だったわけだが「盲点」なので通常求めようという意識すらなく、もがいていたら糸にふれて助かった的な感覚だった。
毎回もがくのはかなり辛い。
で、たどりついた答えが
「存在はする」のだから、色々なモノの存在について知識を得れば「盲点」が見えた!と意識されなくても「盲点」を見ている事になるのでは.... (結局もがいてる事になるのか!!!)
色々なモノとは、つまり「道具」であったり「発想」であったりその他諸々
手っ取り早いのは、色々な人の知識に触れる事かなと思っている。
前置きが長すぎた。以下のblogから
彼が科学を専攻していているというのに、生命の本質を分かっていないという事です。生命現象(人間的に言えば感情や痛みや欲も)など完全に化学であって(これもう自分で化学、生化学、分子生物学を学ばないと実感できない)、その観点で言えば種間の違いすら意味がない。そもそも生命とか死という言葉自体が無意味なのです。
http://d.hatena.ne.jp/bambix/
なるほど〜
これはもしや「盲点かっ!」という訳で小一時間考えた。こういう視点もあるんだということを学んだ。
その他
(ちなみにドーキンスは、人間は進化の過程で子供は親の言う事を鵜呑みにするという能力を遺伝的に獲得していると言っていて、その利点とは親の言う事、例えば「魔物がいるから向こうの川に近づくな」という様な忠告や示唆を鵜呑みにする方が、しない子供より生存率は高くなるという事です。この生存能力の副産物として宗教がある。キリスト教の子供はキリスト教、創価学会員の子供は創価学会員。こういう進化の過程で獲得した能力の副産物に関してはドーキンスの書物に詳しく、読むととってもおもしろいです。)
なるほど〜 早速wikipediaで検索
クリントン・リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins, 1941年3月26日-)はイギリスの動物行動学者。The Selfish Gene(『利己的な遺伝子』)をはじめとする一般向けの著作を多く発表している。
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批判
http://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・ドーキンス
ドーキンスの宗教を批判する態度をめぐって、宗教の信者はもとより科学者の中にも批判者が存在する。
なるほど〜
面白そうなので読んでみようと思う。